キリシタン大名・大友宗麟の居城だった臼杵城。現在は街中にある城跡ですが、築城当時は丹生島に築かれた海城でした。城跡にも島の面影が所々に残っています。臼杵というと石仏が有名ですが、ぜひ合わせて観光してください。
2017年5月登城
満足度:★★★★★
歴史
杵築川の河口に浮かぶ丹生島に城を築いたのは大友宗麟で、島津氏との戦いでは国崩し(大砲)を使い撃退しました。
1593年の大友氏改易後には、福原直高、太田一吉が城主を務めましたが、関ケ原合戦後に稲葉貞通が美濃から入封しました。
交通アクセス
行きやすさ:★★★★★
JR臼杵駅から大手口まで歩いて10分少々。駅からはバスも出ており、辻(臼杵)停留所下車。駅からは近いのですが、臼杵までが少々遠いんですよね。
城歩き
縄張図
臼杵城は臼杵川河口に浮かぶ丹生島に築かれました。西は橋を架して陸に通じ、東は海から舟が着けました。
大手口
駅からは搦手の丑寅口からの方が近いのですが、大道の大手口から登城します。ゴツゴツとした岩盤が剥き出しで、この城が島だった名残を感じます。近年だろうけど、入口の鳥居が珍しい。
畳櫓
入口から右に左に折れ曲がる道が印象的。畳櫓は江戸時代の遺構であり、1階と2階の面積が同じ珍しい構造です。
大門櫓(復元)
大門櫓下を通って二ノ丸に入ります。ちなみに大友氏時代にはこの門はなく、 更に大回りするルートだったとのこと。後の稲葉氏が大手門と今橋口を新設したのも分かるな。
本丸と二ノ丸間の空堀
本丸と二ノ丸は土橋で繋がっており、空堀で区切られています。
本丸天守跡
臼杵城は本丸が二の丸より低い位置にあり、大友氏時代には現在の二の丸が本丸でした。本丸と二の丸が入れ替わったって面白いね。
井戸丸と丑寅門脇櫓
城の東端の井戸丸には船着場があり、搦手口にあたる丑寅口がありました。丑寅門脇櫓はその監視用ですな。現在は地続きになっています。
感想
昔は島だったというのがスゴイよね。大手口からの曲がりくねり具合は異常なくらいで、かなり攻めにくかったと思います。臼杵というと石仏が有名ですが、街中でアクセスしやすい城なのでぜひどうぞ。