石垣好きの城歩き

石垣好きの城歩き

素人の城好きが気合で城を巡ります。

自己紹介

城巡りの動機

小さい頃からお城が好きでした。小学生の時に買った、小学館の「城郭と城下町」全10巻は今でも私のバイブルです。その後、社会人になってそれなりに生きてきたのですが、最近ふと、行きたくても行っていない城、昔行ったきりの城(あまり憶えていない)が沢山あることを思い出したんです。体力のあるうちに行っておかねば絶対後悔する、と思ったのが城巡りを再び始めたきっかけです。

 

交通手段は公共交通機関

本当に恥ずかしいのですが、実は自動車免許を持っていません。学生の頃に教習所の料金をパ◯ンコに使い込んでしまったことを懺悔します。ですから、城までの交通機関は鉄道,バス,徒歩,レンタサイクルとなります。苦労して城に登ったのに、本丸近くに駐車場があると軽く目眩を感じます。でも、負けません!

 

好きなお城のタイプ

姫路城や大阪城なんか、悔しいけどすごいなと思います。でも、岡城や安土城みたいな石垣だけの城も大好きです。和牛ステーキが好きだけど、牛丼も好きといったところでしょうか(例えが失礼)

 

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岡城の石垣

 

 

備中松山城(岡山県)

備中松山城岡山県)2015年12月

個人的評価:★★★★★

臥牛山の峰のひとつ「小松山(標高約430m)」を中心に築かれた山城です。天守は現存12天守のひとつで、天守の現存する城としては唯一の山城です。ただ、自力で登るのはとてもつらい、本当につらい。覚悟せよ!

日本100名城

 

歴史

備中松山城は、延応2年(1240)に秋庭三郎重信(あきばさぶろうしげのぶ)が臥牛山に築城したのが始まりと考えられています。」

引用:備中松山城の沿革 - 高梁市公式ホームページ

現在の松山城は、1642年に入封した備中松山藩主の水谷勝隆により改修が始まり、勝隆の子勝宗によってほぼ完成したと考えられています。

 

行き方

行き方難易度:★★★★★

駅から少し離れていること、山城ということから、自家用車かタクシー利用じゃないとかなり厳しいです。市のHPが詳しいので参考にしてください。

備中松山城へのアクセス - 高梁市公式ホームページ

 

・自家用車の場合は、「城見橋公園駐車場(5合目)」に車を停めて、そこから「ふいご峠駐車場(8合目)」まで登城整理バス(シャトルバス)を利用。6~10月・12~3月の平日は登城整理バスが運行されていないので、「ふいご峠駐車場(8合目)」まで車で行くことが可能。

・タクシーの場合は、JR高梁駅から「ふいご峠駐車場(8合目)」まで行くことが出来ます。また、お得な観光乗合タクシーが1日4往復運行されていますので、少人数の場合はぜひ利用ください。ただし、前日までの予約が必要になります。(当日予約は出来ませんでした)

・路線バスもありますが、「松山城登山口」までなのと、土日祝は運行本数がかなり減るので利用しにくいです。

・今回私はJR高梁駅から徒歩で向かいました。(少し後悔している)

 

 

登城口まで

高梁栄町商店街

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備中松山城には学生の頃に一度来たことがあります。その時はタクシーを利用しましたが、町並みも見たかったので、JR高梁駅から歩きました。高梁栄町商店街のアーケードは立派でしたが、人が少ない・・・。私の地元もそうですが、地方都市は厳しいな。

 

紺屋川筋

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かつて備中松山城の外堀の役割を果たしていた紺屋川。「日本の道100選」にも選ばれています。それより空が曇ってきたぞ。

 

頼久寺

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高梁市内には石垣のしっかりしたゴツい寺が多い。ここ頼久寺の庭園は、備中国奉行を務めた小堀遠州の作庭です。

 

城歩き

備中松山城入口

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駅から歩くこと約30分、備中松山城入口にようやく着きました。場所は小高下谷川沿い、高梁高校と中洲公園の間です。迷わず遊歩道へと進みます。

 

遊歩道(登山道?)

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やっちまった!意外と整備されていますが、結構急な遊歩道が続きます。途中には階段もあり、息を切らせながら黙々と歩きます。

 

大石良雄腰掛岩

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大石良雄って誰?」って思う人もいると思いますが、忠臣蔵大石内蔵助の本名です。備中松山城藩主であった水谷家断絶に伴い、浅野内匠頭が収城を行い、家老の大石内蔵助が水谷家家老の鶴見内蔵助と会見したとのことです。本当にこの岩に腰掛けたかは分かりませんが、この遊歩道は当時登城道だったんですね。

 

 備中松山城全体図

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遊歩道入口から40分ほどで鞴峠(8合目)に到着。看板に「小松山城跡」と記載されいるのが目的の備中松山城です。タクシーだったらここまで寝てても着いてるんだよな。ちくしょう、もうひと踏ん張りや。

 

中太鼓櫓跡 

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鞴峠から10分ほどで初めて石垣が見えてきましたよ。 中太鼓櫓跡ですね。

 

中太鼓の丸の説明

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下に見える「下太鼓の丸」とこれから向かう大手門の間にある曲輪とのこと。それにしてもよくここまで登ってきたな。

「見ろ! 人がゴミのようだ!」 by ムスカ

 

 

大手門跡

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ようやく大手門跡まで着きました。この石垣には気持ちが昂ぶります。普通に登ってくるだけでもこんなに疲れるのに、ここまで石を運んできた苦労を考えると頭が下がります。

 

大手門虎口

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二の平櫓跡付近から見る大手門虎口方面の石垣が素晴らしい。奥の方は自然の岩盤を上手に利用しています。

 

三の丸方面

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三の丸に沿って土塀が建てられています。

 

本丸入口

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土塀・五の平櫓・六の平櫓が木造で復元されています。

 

天守

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登山口から休憩や写真を撮りながら1時間半かかりました。天守は2重2階で唐破風出窓がアクセントになっています。備中松山藩は小藩ですし、山城に高層天守は必要無いですからね。

2重櫓と天守

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後曲輪からの二重櫓と天守の姿。 二重櫓も天守と同じく重要文化財です。

 

天神の丸跡と大松山城跡への看板

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今まで見てきた備中松山城跡は小松山にありますが、中世は大松山城が中心でした。時間が無くなってきたのでパスしましたが、大池という石垣プールは見ておけばよかった。

 

感想 

登城途中は泣きたくなりましたが、山頂の石垣は見応えがあり満足しました。また、高梁市は城の整備に力を入れていて、要所に案内看板が設置しており参考になりました。JR利用の方はぜひ乗り合いタクシーを利用しましょう。私は絶対利用します!

 

おまけ

松連寺

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備中松山藩主の水谷勝隆により、備中松山城の砦の役割を兼ねて創建されました。拝観は出来ませんが、要塞のような石垣がすごすぎる。

 

彦根城(滋賀県)

彦根城滋賀県)2015年10月

個人的評価:★★★★★

井伊家30万石 の居城として有名です。国宝に指定されている天守を始め、櫓,石垣,堀と縄張り全体がとてもよく残っています。お城ファンなら行って絶対損はしません。ひこにゃんも待ってますよ。

日本100名城

 

歴史

彦根城築城は、将軍徳川家康公の命により佐和山城を一掃するため、慶長9年(1604)より着工されました。」

引用:彦根城いまむかし - 彦根観光ガイド : 公益社団法人 彦根観光協会

関が原の合戦後に軍事的緊張が高まる中、豊臣秀頼大坂城を睨むを利かすことを目的として天下普請により築かれました。

 

行き方

行き方難易度:★☆☆☆☆

 JR彦根駅から徒歩15分。ほぼ直線なので迷うことはないと思います。

 

城歩き

表門橋

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二の丸から架かる表門橋を渡って向かいます。

内堀の腰巻石垣

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石垣の上に土塁を盛った腰巻石垣。芝の緑がきれいです。

 

石段

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入場口で入城料を払ってから、石段登りスタート。

 

天秤櫓と廊下橋

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石段を登りきると見えるのは、天秤櫓と廊下橋。この通路は巨大な堀切の底にだったんですね。この後、左の鐘の丸からぐるっと廻って廊下橋を通ります。

 

鐘の丸入口の虎口

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 鐘の丸は多角形の平面の曲輪であり、馬出としての役目もあります。

 

天秤櫓と廊下橋

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先程下から見上げた天秤櫓と廊下橋。いざというときは廊下橋を切り落とすことも出来ます。天秤櫓は長浜城の大手門を移築したものであると言われています。

 

太鼓門櫓

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本丸への最後の関門である太鼓門櫓。 他の城から移された城門ですが、どこの城からかは謎とのことです。

 

天守

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やや小振りな3階3重の天守ですが、入母屋破風・切妻破風・唐破風と派手な外観です。彦根城の象徴的な存在で、歴代藩主の甲冑などが収納されていました。大津城の天守を移築したものであると言われています。

 

ひこにゃん3連発

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感想

廊下橋の下を通って廊下橋を渡る、巧みな縄張りに感心させられました。打込接の石垣も見事で言うことないですね。天守・太鼓門櫓・天秤櫓は他の城からの移築ということが分かっていて、豊臣方との戦いに備えて急いで築城したのが分かります。多くの見どころがあって、大好きなお城です。

 

安土城(滋賀県)

安土城滋賀県)2015年10月

個人的評価:★★★★☆

言わずと知れた、天下統一を目指した織田信長に築かれた城です。5重7階の天主,総石垣,金瓦と以後の日本の城に大きな影響を及ぼしました。近代の城はここから始まったといっても過言ではない。戦国時代ファン必見!

日本100名城

 

歴史

安土城は天下統一の拠点として天正4年(1576年)1月、普請奉行を佐和山城主の丹羽長秀に命じ、天正7年1月には天主は完成し、その年の5月に信長はここに移っている。」

引用:http://www.azuchi-study.com/siroato.htm

しかし、本能寺の変後に放火され灰燼に帰しました。築城からわずか5年。チーン。

 

行き方

行き方難易度:★★☆☆☆

JR安土駅から徒歩30分。正直ローカルな駅ですが、琵琶湖線なので本数はそこそこあります。

 

 

城歩き

安土城 百々橋口

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観音寺城からレンタサイクルで百々橋口に向かいましたが、今はここからは入城できないようで残念。信長時代にはここからが謁見のための正式ルートでした。

  

大手道

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現在の入口はこの大手道。平成元年から開始された調査にて発掘されました。大手口から直線的に180m進み、両側には屋敷地が並んでいます。ただ、当時の記録には残されていないため、天皇行幸用とか、資材運搬道用とか諸説あります。

 

前田利家邸跡

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大手道を登り始めてすぐ右側にある伝前田利家邸跡の虎口。数段の郭に分かれた複雑な構成とのことですが、草木がぼうぼうでよく分からん。残念。

 

羽柴秀吉邸跡

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大手道の左側にある伝羽柴秀吉邸跡。屋敷跡とは思えない見事な石垣。でも、“伝”って付くってことは、本当に羽柴秀吉豊臣秀吉)の屋敷かは分からないんだろな。更に先には伝徳川家康邸跡(摠見寺)が在りますが、絶対徳川家康の屋敷跡ではないと思います。(家康は信長の部下じゃないし)

 

左は百々橋口、右は伝織田信忠邸跡

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大手道の直線を120mほど登ると突如左に曲がり、九十九折れの道となります。更に伝織田信忠邸跡あたりで百々橋口からの道と合流します。

 

黒金門跡

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安土城の中枢部への入口となる黒金門跡。桝形になっており、今まで以上に立派な石が使われています。

 

伝二の丸の石垣

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黒金門跡を通ってすぐの伝二の丸の高石垣。実は安土城の石垣の多くは昭和・平成の発掘調査の際に整備されたものが多いのですが、この石垣は当時のものです。安土城の石垣の一番の見所だと思います。

 

天主各跡への道

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とうとう最終の天主閣跡が近づいてきました。安土城は、“天守”ではなく“天主”と表記するのが正しいそうです。

 

天主地下室部分の礎石

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この礎石が天主を支えていました。この上に建てられた5重7階の天主はさぞや荘厳だったでしょうね。2019年、滋賀県が天主の復元を検討とのニュースがありましたが、詳しい史料が見つかっていないので難しいでしょう。
 

感想

信長好きには堪らない城です。大手道から天主台に向かうまでワクワクが止まりませんでした。また、当時は琵琶湖の内湖に三方が囲まれており、羽柴秀吉長浜城明智光秀坂本城,織田信澄の大溝城と琵琶湖ネットワークを作っていたというのもロマンです。

 

入城料について

2019年時点で拝観料(入城料)が700円と、私の知る限り姫路城の1,000円に次いで高いです。また、立入禁止箇所が増えました。安土山は摠見寺の私有地なのでしょうがないのですが、個人的になんだかな。

 

観音寺城(滋賀県)

観音寺城滋賀県)2015年10月

 個人的評価:★★☆☆☆

近江守護佐々木六角氏の居城です。安土城の近くにあり、石垣造りを取り入れた城としても知られています。ただ、この城を自力で登るのはとてもきつい、本当にきつい。下調べも必要です。

日本100名城

 

歴史

観音寺城築城の正確な時期は不明であるが、文明3年頃(1471)には、ほぼ完成されていたと推測されている。」

引用:観音寺城の写真集

近江守護佐々木六角氏が繖(きぬがさ)山に築いた山城です。 1568年の織田信長の上洛の際には六角承禎・義治父子が立ちふさがりましたが、支城の箕作城が1日で攻め落とされると甲賀に逃亡。その後まもなく廃城となりました。

 

行き方

行き方難易度:★★★★☆

・車かタクシーで「観音正寺裏参道山上駐車場」まで来て、観音正寺経由で観音寺城に向かうのが一番楽チンかつ普通のルート。

・電車とバスのみだと、JR能登川駅からバスに乗り「観音寺口」で下車。結神社から途中観音正寺経由して1時間ほど山登り。キツイ!

安土駅から桑實寺の登口まで徒歩30分。私はレンタサイクルを利用しました。そこから桑實寺経由で50分ほど山登り。とにかくキツイ!

安土駅から石寺楽市まで徒歩45分。そこから日吉神社経由で1,200段の階段を観音正寺までひたすら登ります。桑實寺コースよりは石段がしっかりしていますが、やはりキツイ!

 

 

登城

桑實寺への登り口

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安土駅から桑實寺への登り口まで徒歩で30分弱。私は近江八幡駅からレンタサイクルで30分かかりました。

 

山門

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山門まではすぐ着きましたが、ここからが長かった。ちなみに山門を通るとセンサーが感知しチャイムがなります。桑實寺は有料だからね、

 

石段

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こんな立派な石段を15分ほど登ることになりました。でも、今から思うと観音寺城より立派な石段だったな。

 

桑實寺の本堂

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信長の「竹生島事件」の舞台になった寺です。信長が竹生島参詣に出かけた際、女房衆は留守の合間と羽根を伸ばしてました。ところが急に信長が戻ってきたため、桑實寺に参詣に訪れていた女房たちは処刑されたという事件です。

 

観音寺城への登城

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桑實寺を出てからが本番でした。途中で木が倒れていたり、石段が崩れていたりと、険しい山道を延々と登ります。人気が全く無く、女性お一人様にはお薦めできないルートです。帰りに滑って尻もちをついたのは内緒。

 

城歩き

伝本丸裏虎口

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桑實寺から30分ほどかかりました。桑實寺ルートだと本丸にいきなり着きますね。虎口が喰い違いになっています。

 

伝本丸

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“伝”と付くのは、はっきりしないから。ここより高い位置にある郭があること、郭の分布する範囲の西端にあることから、城の中核として理解してよいか疑問が持たれているとのこと。なるほど一理ある。六角氏、ちゃんと記録を残せと言いたい。

 

伝本丸の石垣

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伝本丸はそこそこ広く、周囲を石垣で囲われています。ただ、所々崩れていますね。木々に囲まれて見晴らしも微妙。

 

 大石段

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伝本丸跡へ登る大石段。この大石段がメインの登城ルートと考えられていたが、平成 20 年度~ 22 年度の発掘調査で伝三ノ丸には繋がっておらず、途中で途切れていることが判明。何のためにあるんだ、君。

 

伝平井丸の虎口と屋敷跡

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一番の見所の伝平井丸の虎口。石垣の高さは4m弱あります。

伝池田丸

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伝平井丸の先の伝池田丸。伝本丸や伝平井丸と比べると、周囲の石垣の石はやや小振りな印象。

 

感想

とにかくキツイ登城でした。それは覚悟していましたが、案内板を設置する等、もう少し城内を整備して欲しいな。100名城ということで、せっかく訪問してくれた観光客ががっかりすると思います。また、城に入るには桑實寺か観音正寺を通り抜ける必要があり、拝観料を払うのもなんだかな。その分、城を整備してくれるなら納得するんだけど。

 

観音寺城について

観音寺城は山城特有の堀切や竪堀が無いことから、戦いのための城ではなかったように思います。棚田のように曲輪が沢山あるのは、主従の結束が強くなかったので、家臣団が各々屋敷を構えたと考えるとスッキリします。石垣は権威付けの一種かな。そりゃ、信長が攻めてきたら逃げ出すわ。

 

松山城(愛媛県)

松山城愛媛県)2015年7月

個人的評価:★★★★★

日本三大平山城の一つである松山城。現存する天守を始めとした天守曲輪の見事さは流石の一言。小天守やその他の櫓が放火や戦災などのため焼失しましたが、総木造による復元が進められました。お城を見て、道後温泉でサッパリしましょう。

日本100名城

 

 歴史

松山城の創設者は加藤嘉明です。嘉明は羽柴秀吉に見出されてその家臣となり、20才の時に賤ヶ岳の合戦において七本槍の一人としても有名です。」

引用:歴史・沿革 | 松山城

 

その後、加藤嘉明と入れ替わりに蒲生忠知が封じられましたが、在城7年目に京都で病没し、嫡子がいないため蒲生家は断絶。新たに桑名城主松平定行が封じられ、15代続いて明治維新に至りました。

 

 行き方

 行き方難易度:★☆☆☆☆

JR松山駅から路面電車で「大街道」で下車。大街道から徒歩5分のロープウェイ東雲口からロープウェイかリフトで本丸に向かいます。もちろん登城道を歩くことも出来ますが、体力がないと疲れます(笑)。

 

 

城歩き

リフトが気持ちいい!

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ロープウェイ東雲口からリフトかロープウェイに乗って本丸に向かいます。高所恐怖症でなければリフトがお薦め。ただし、雨の日はロープウェイのみの運行となります。

 

本丸の高石垣

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リフトを降りてから天守へはほぼ一本道。本丸の高石垣には圧倒されます。打込接の積み方が見事で、高さは15m近くはあるんじゃないかな。ここまで石を運んでくるのも大変だったろうに。

 

筒井門

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戸無門を進むとそびえ立つのは筒井門。本丸防御のための松山城最大の門です。ここの石垣は切込接ですね。

 

隠門

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筒井門の奥の石垣の陰に隠された隠門(上記筒井門の右側に隠れています)。敵が筒井門に殺到した時に、横から奇襲することを目的としています。面白い縄張りだな.

 

太鼓門・太鼓櫓

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筒井門から本丸に侵入してくる敵に備えた門。最終防御ですな。

 

本丸石垣

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ようやくたどり着いた本丸。屏風(びょうぶ)折の石垣が見事。ちなみに本丸までなら入城料はかかりません。

 

天守

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本丸より一段高い本壇(天守曲輪)になっています。天守は三重三階で、天守・小天守・櫓を四方に配置し、渡櫓でつなぐ連立式天守。当初は五層だったのですが、松平定行が三層に改築したそうです。どうりで少しずんぐりしていると思った。

 

本壇内の門

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一ノ門を潜ってからぐるぐる。これはいたる所から狙い撃ちされますね。

 

天守からの眺め

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見晴らしが抜群!石垣や櫓はもちろん、松山平野を一望できます。昔の殿様も同じように城下を眺めていたかもしれません。

 

感想

天守を始めとした建造物群が見事です。また、武家諸法度で城の増改築が規制されていたり、財政面から断念することも多かったのにも関わらず、現在の天守群が幕末に建造されていることも驚きです。昭和に小天守やその他の櫓が放火や戦災で消失しましたが、総木造による復元をしたというのも素晴らしい。地元の方の思い入れが強く感じられます。

 

宇和島城(愛媛県)

宇和島城愛媛県)2015年7月

個人的評価:★★★★☆

城作りの名手である藤堂高虎が近世城郭として築城した城。現存12天守のひとつが残っています。珍しい五角系の縄張りで、その内の2辺は海に面していました。ああ、海が埋め立てられる前に見たかった(江戸時代かよ)。

日本100名城

 

歴史

「現在の地に初めて天守が建造されたのは慶長6年(1601)藤堂高虎(とうどうたかとら)築城のときとされています。城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしており、随所に築城の名手と言われた高虎ならではの工夫が見受けられます。

高虎が今治に転封となってのち、奥州仙台藩主、伊達政宗の長子秀宗が宇和郡10万石を賜り、元和元年(1615)に入城。2代宗利の時、天守以下城郭の大修理を行い、寛文11年(1671)に完成。その姿を現在に残しています。」

引用:宇和島城【宇和島市観光物産協会】

 

行き方

行き方難易度:★★☆☆☆

JR宇和島駅から徒歩15分くらい。ただ、東京や大阪から宇和島まで行くのが少々大変。松山から特急で1時間半弱かかります。

 

城歩き

 案内板にあった古絵図

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 古絵図を見ると、縄張りが5角形なのがよく分かりますね。江戸時代初期は2辺が海に面していましたが、平地が少ないため早くから干拓が進められました。現在地と赤丸で記されている場所が、上記GoogleMAPの上り立ち門にあたります。

 

上り立ち門

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 宇和島城の現存建造物は、天守と上り立ち門の二棟のみ。搦め手にあたる上り立ち門から登城してみました。

 

南国風

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お日様の光がまぶしいね。植物の緑が濃いです。江戸時代から守られている城山の草木が宇和島城の魅力の一つでもあります。

 

苔むした石垣

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草いきれのこもる苔むした石垣と石段。この雰囲気好きだな。こちらのルートは人が少なく、静かな時が流れていきます。あと汗も流れる。

 

 天守

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本丸の端にぽつんと建つ天守。でも近づくと意外と大きいです。最上層に唐破風、2層・3層の千鳥破風と装飾されており、石落としなどはありません。江戸の平和な時代に建てられた領主の象徴的な存在のようです。もちろん中にも入れて、見晴らしが良かったです。

 

桑折(こおり)氏武家長屋門

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天守からの帰りは井戸丸を通って下りました。この門は城山の北登城口にある桑折(こおり)氏武家長屋門。元々ここにあった門ではなく、家老の桑折氏の長屋門として使用されていたものを戦後移転したものだけど立派だよね。家老って儲かるのかな。

 

感想

数少ない現存天守が残っているだけではなく、草木の緑と苔むした石垣の雰囲気が良かったです。普通は桑折武家長屋門から登城すると思いますが、帰りは上り立ち門へ下りると、また違った雰囲気が楽しめますよ。

 

グルメ

鯛めし

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宇和島名物の鯛めしは、鯛の刺身をタレと卵黄に混ぜ合わせ、ご飯にかけていただきます。写真は駅近くの「とみや」のセットの鯛めし。少し古びた雰囲気の店だなと侮ってスマン。美味しかったです。

 

高知城(高知県)

高知城高知県)2015年7月

個人的評価:★★★★★

土佐24万石 山内家の居城。現存12天守の一つが残るだけでもすごいのに、なんと本丸全ての建物が残っています。二の丸や三の丸の石垣も立派です。カツオのたたきも美味しいです(おいおい)。

日本100名城

 

歴史

 「関ヶ原の戦いの功績により徳川家康から土佐一国を拝領した山内一豊は、慶長6年(1601)大高坂山に新城の築城工事を始め、慶長8年(1603)に本丸と二ノ丸が完成、入城しました。」

引用 高知城 | 高知城 Kochi Castle|公式ホームページ Official Website

 山内一豊って妻(千代)の内助の功で有名ですが、土佐では長宗我部氏の残党にえげつないことしたようで評判は微妙ですな。高知城の築城も必死だったんだと思います。

 

行き方

行き方難易度:★☆☆☆☆

JR高知駅から路面電車に乗って「はりまや橋」で乗換え後、「高知城前」下車。本数も多いし余裕です。のんびり 歩いても30分弱ぐらい。

 

 

城歩き

追手門

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高知城の表門にあたる追手門から城内に入ります。門と矢狭間塀で囲まれた枡形で敵の攻撃を迎え撃ちます。渡櫓の中に入れないのがちょい残念。

 

現地案内板から

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 右下の板垣退助像あたりから本丸を目指します。

 

杉の段の石垣

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高知は多雨地帯なので、排水が直接石垣に当たらないように石樋が舌のように飛び出ています。これを含め城内に16ヶ所確認されています。南国ならではですね。

 

 三の丸の石垣

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三の丸の石垣が高くて立派です。特に北側の野面積みは苔生していて風情があります。(人はあまり見かけないけど)

 

カニ発見

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近くに川があるように思えないけどカニ発見。

 

二の丸に向かう途中の天守

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こうして見ると、改めて石垣が立派だな。

 

廊下橋

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二の丸から本丸にはこの廊下橋を通って渡ります。私が訪問したときは夏祭りの最中で、二の丸でビール売ってた(笑)

 

 天守と御殿

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天守は4重6階の望楼型天守天守天守台の上に建てられることが多いのですが、高知城は曲輪に直接建てられています。その分高さが無いので、御殿と合わさると温泉旅館のような雰囲気。また、2重と3重の間が間延びしており、個人的には少し格好悪いなと、貴重な現存天守に対して失礼な感想を持っております。一応フォローすると、中に入ると見どころが多く、最上階からの見晴らしも良かったです。

  

感想

現存天守がというだけでもポイントが高いのに、縄張りや石垣も立派です。城好きなら必ず行くべき城ですね。石垣好きなら三の丸の石垣は必見です。

「日本の夜明けぜよ!」

 

グルメ

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小料理屋風の「磯の茶屋」さんのカツオのたたきが絶品でした。ひろめ市場の店より美味しかった。