一部から日本最強の県庁と呼ばれる福井県庁。その理由は、城の本丸に県庁と警察本部があるから。そのためか、越前松平家68万石の巨城でありながら、福井城はもうひとつ地味な印象です。ただ、2018年(平成30年)には山里口御門が復元され、少しずつ整備が進められています。
2020年8月登城
満足度:★★★★★
歴史
関ケ原の合戦後、徳川家康の二男・結城秀康が越前68万石に入封し、1606年に北庄城(後の福井城)が完成しました。以後、約270年間17代にわたり越前松平家の居城となりました。
越前松平家は徳川本家と折り合いが悪く、1686年には25万石まで領地を減らされました。2代藩主・松平忠直は暴君として豊後に隠居させられ、菊池寛の「忠直卿行状記」のモデルにもなりました。
交通アクセス
行きやすさ:★★★★★
JR福井駅から徒歩5分。 県庁があるだけにアクセス抜群です。というか、福井駅もかつての城内にありました。
城歩き
かつては4重・5重の堀で囲まれていた福井城ですが、現在は本丸を残すのみ。2018年(平成30年)に復元整備された山里口御門から城内に入りました。
廊下橋
大手門ではありませんが、16代藩主松平春嶽らの時代には、藩主は御廊下橋を渡り、山里口御門を通って本丸に入りました。2008年(平成20年)に復元されました。
山里口御門
山里口御門は、棟門と櫓門からなる枡形です。空間が狭く、技巧的な造りになっています。再建されたのは良いのですが、妙に新しすぎる箇所もあります・・・
天守台
山里口御門を通ってすぐに天守台がお出迎え。早速上ってみましょうか。
天守台上
天守台は2段の石垣で構成されていて、下段(現在の場所)は帯曲輪になっています。改めて、スケールの大きな城だったんだと実感。
福の井
天守台には、築城当時からあった「福の井」と呼ばれる井戸があります。2017年(平成29年)に整備されました。
小天守台
小天守台の石垣は激しく崩れています。これは1948年(昭和23年)の福井地震によるものです。この地震では、近隣の丸岡城の天守も倒壊しました。
大天守台
68万石にふさわしい4重5階の天守が建てられていましたが、1669年の大火で焼失し、その後再建されませんでした。復元図を見ると、現在の大阪城みたいな外観で、下層の4階と5階部分には屋根は無かったようです。
案内図
天守台から下りてどうしようかと思ったら、城内の案内図がありました。警察本部と県庁舎の間を抜けて、かつての大手口の御本城橋に向かいましょうか。
大手口
残念ながら、かつての枡形の石垣は残っていません。車が通るのには邪魔だからな。
本丸復元図
本丸復元図を見ると、当時の御殿後に警察本部と県庁舎があるわけね。これが最強の県庁と言われる所以。
雁木
ただ、石垣に昇降するための階段である雁木は残っています。幅が広くて高さもあり、こりゃ立派だ。早速上りたいところですが、危険のため昇るの禁止。
石垣への階段
雁木の代わりに木の階段で石垣に上がります。
御本城橋
石垣から見下ろす御本城橋。福井城は平城ですが、盛土がしてあり本丸石垣は高さがあります。
大手口
石垣から下りて、御本城橋からの大手口。
本丸石垣
先程上った本丸石垣。堀も広い。
本丸石垣
福井城の石垣には地場の「笏谷石」が使用されています。ところどころにはらみがありますね。
感想
本丸の堀と石垣は、越前松平家68万石という立派なものでした。県庁があるので、どうしても城としての存在感が薄いのが残念。移転してくれないかな(おいおい)。
ただ、いっそ最強の県庁推しで売り出せば、意外と人気になるかもしれませんね。