徳川家康の命令で築かれた、隠れた(?)天下普請の篠山城。今も角馬出しが残ります。二の丸の大書院は昭和に失火で焼失しましたが、2000年(平成12年)に木造で復元されました。
2016年11月登城
満足度:★★★★★
歴史
1608年に徳川家康は大坂城を牽制する目的で、交通の要衝の篠山に新城の築城を命じました。普請総奉行に池田輝政、縄張りに藤堂高虎を配し、天下普請としてわずか6カ月で完成しました。
彦根城や名古屋城と同じく、豊臣対策のため天下普請で築かれた城ですね。
交通アクセス
行きやすさ:★★★★★
JR篠山口駅から神姫バスで約15分、二階町で下車。二階町バス停から徒歩5分。バスは30分に一本出ています。
私は篠山口駅で電動自転車をレンタルしました。駅から約25分。ただし、冬季(12~2月)は休業しているので要注意。
城歩き
篠山の岩盤の上に本丸と二の丸が築かれ、その周りを三の丸が囲っています。三の丸には3箇所の入口があり、それぞれに角馬出が設けられています。
教科書に載ってそうな縄張りだ。
南馬出
篠山城の特徴の一つが馬出しが残っていくこと。
現存2ヶ所の馬出しの内、まず南馬出を訪問しました。木が茂っていて分かり難いですが、土塁と堀で入口を防御しています。いざというときはここから出撃したんですね。
南門跡
南馬出からの三の丸への入口は虎口になっていますね。 土塁盛り盛り。
三の丸から振り返り
城内がだだっ広いな。流石は天下普請。
南西側二の丸石垣
直線的な高石垣で、裾部が犬走りになっています。犬走りは防御的には弱くなりますが、堀を掘るのと石垣を築くのを同時に作業できる利点があります。藤堂高虎の縄張りでよく見受けられますね。
北西側二の丸石垣
内堀に沿って北の入口に向かいます。ちらっと見える建物は二の丸書院。
二の丸大手門
2重の桝形になっており、特に防御力を高めています。
大書院
天守のなかった篠山城の中核をなす建物です。惜しくも1944年(昭和19年)に失火で焼失しましたが、木造で再建されました。本当に立派。
本丸入口
本丸入口にあるのは篠山藩主を祀る青山神社。本丸の石垣はそれほど高くなく、防御というより区割りといった感じ。
天守台
天守台はありましたが、天守は建てられませんでした。篠山城は実戦を想定していたので、攻撃目標となる天守は省いたらしいです。
丹波富士(高城山)
天守台からは丹波富士が眺められます。丹波富士には波多野氏の八上城がありましたが、明智光秀により落城しました。その際に人質にしていた光秀の母が殺され、本能寺の変の一因になったという言い伝えもあります。
二の丸から三の丸
篠山城が想定よりも立派すぎたので、築城を命じた徳川家康が立腹したとの言い伝えもあります。
埋門(三の丸側から)
帰りは二の丸南にある埋門から下りました。このあたりの石垣には各大名の刻印があり、宝探し感覚で探すのも楽しい。
天守台石垣
改めて立派な石垣だと思います。訪問時、三の丸のこの辺りは工事中でしたが、2019年6月に三の丸南広場として整備されました。
東馬出
最後に東馬出を訪問。南馬出に比べて小規模ですが、きれいに整備されていました。
感想
木造で再建された大書院が有名ですが、天下普請で築かれた石垣も立派です。個人的には犬走りの無い方がが好みなんですが、 芝生の緑と石垣の対比は絵になりますね。
特筆すべきは、篠山市の城を整備しようとする市の姿勢です。明治に埋め立てられた内堀を復元したり、石垣を修理したりと気合が入っています。これからも楽しみです。