石垣好きの城歩き

石垣好きの城歩き

素人の城好きが気合で城を巡ります。

熊本城(熊本県熊本市)2018年6月

言わずと知れた、加藤清正が築いた金城湯池の名城です。幾重にも張り巡らされた石垣は扇の勾配で知られています。西南戦争では西郷軍の猛攻にも耐え抜きました。

しかし、2016年4月の熊本地震で甚大な被害を受け、特に石垣の崩落は激しいものでしたが、一歩ずつ復旧が進められています。

日本100名城

 

歴史

1588年に加藤清正は隈本城に入城し、その北東部の茶臼山に新たに築城を開始しました。しかし、直後の朝鮮出兵により工事は中断し、1607年にようやく完成を見ました。その石垣の曲線は「扇の勾配」と称され、清正築城の集大成でした。

1611年の清正没後に3男の忠広が相続しましたが、1632年に幕府によって改易され、以後細川家54万石の居城となりました。

1877年(明治10年)の西南戦争において西郷軍の進撃を阻止し、西郷隆盛は「わしは官軍ではなく、清正公に負けたのだ」と言い放ったと伝えられています。

 

交通アクセス

行きやすさ:★★★★

JR熊本駅から市電で「熊本城」・「市役所前電停」まで約10分。熊本の繁華街にあり、まさに熊本の中心にあります。

 

城歩き

2016年4月の熊本地震により、天守重要文化財13棟などが損壊し、石垣も甚大な被害を受けました。

 

未申櫓(ひつじさるやぐら)

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奉行丸の未申櫓(ひつじさるやぐら)。西側の長塀と石垣が激しく崩れています。石がまるでゴミのようだ・・・

 

西出丸の石垣

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こちらも石垣が崩落しています。小天守は、足元の崩れた石垣の解体が進み、宙に浮いたようになっていました。

 

戌亥櫓(いぬいやぐら)

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西出丸の戌亥櫓(いぬいやぐら)。櫓の崩壊を一本足で支えています。見ていて怖くなるバランス。

宇土

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隣の続櫓は倒壊したものの、倒れなかった宇土櫓。築城時の貴重な建築物なので、とりあえずは良かった。

 

長塀跡

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坪井川沿いの長塀は熊本城を代表する景観でしたが、石垣が残るのみ。

 

感想

立ち入り禁止の箇所が多く周りを廻っただけですが、地震の傷跡が生々しく残っていました。崩落した石群が被害の大きさ、逆に石垣の壮大さを物語っていました。

熊本城の復旧は着々と進められていますが、全体の復旧は20年後を目指しているとのこと。陰ながら応援しています。