大分駅から歩いて行ける府内城。あまり期待せずに訪問したら、堀・石垣・櫓と思いのほか良かったです(失礼!)。大分といえば温泉のイメージが強過ぎですが、市内にもこんな立派な城跡があるんですよ。
満足度:★★★★★
歴史
1597年に石田三成の娘婿の福原直高が府内(今の大分市)に入ると、大分川河口に城を築きました。これが現在の府内城になります。
ですが、福原直高は秀吉死後に徳川家康に領地を没収され、関ケ原合戦後には豊後高田から竹中重利が移封し、府内城の修増築と城下町の建設を進めました。
面影は僅かにしか残っていませんが、当時は海に面した水城でした。工事は難航したらしく、人柱伝説が残っています。
交通アクセス
行きやすさ:★★★★★
JR大分駅から北西に徒歩15分。平城で高い建物が無いせいか、街中に突然城跡が現れる感じです。
城歩き
大分駅方面からぶらぶら歩いて向かいました。分かっちゃいたけど、途中に城下町らしさは全く無いですね(笑)
西の丸隅櫓(復元)
街中に現れる白亜の櫓と水堀。石垣下部には犬走りがありますね。
宗門櫓
江戸時代からの遺構の一つ。表から見ると平櫓ですが、裏から見ると石垣に食い込む形で二重になっています。狭間が上下交互に設けられているのも珍しいですね。
大手門(復元)
大手門は枡形になっています。大手門からは城内に入らず、東丸の堀に沿って歩きます。
着到櫓(復元)
空襲で消失しましたが、1965年に復元されました。正面左には大手門多門櫓、右側には東丸着到櫓があり、三方から敵を攻撃出来ます。
東丸平櫓(復元)
古図では平櫓ですが、二重櫓で再建されていました。
帯曲輪(おびくるわ)
個人的にとても興味深い帯曲輪。府内城は水城ですが、海と堀の間に防波堤のように細長い曲輪を築いていました。潮の干潮対策と本丸防御の意味があったようです。周りの海は埋め立てられていますが、僅かに痕跡が残っていて嬉しい。
東丸の東北二階櫓(復元)
少しシュッとした二階櫓。
廊下橋(復元)
ぐるりと廻って旧山里丸から本丸に渡る廊下橋。このように屋根のついた橋は全国的にも珍しい。(渡っている敵を攻撃できないから)
人質櫓
宗門櫓と共に江戸時代からの遺構の一つ。府内城の石垣下には犬走りがあるのですが、ここは実際に歩くことが出来るんです。
犬走りと石垣
途中で人柱お宮に手を合わせたりしながら、人質櫓下まで歩いてきました。やはり防御的には犬走りは必要ないな(笑)
内堀跡
府内城は本丸・西丸・東丸が内堀で区切られていましたが、現在はその堀が埋め立てられ、一つの曲輪のように見えます。2014年に大分文化会館が解体され、だだっ広い空き地が広がっています。内堀を掘り返してくれないかな。
天守台
1602年に4重の天守が建てられましたが、1743年に焼失しました。天守再建という話もあるようですが、財政的に厳しいようです。
感想
大分市街地に水城があったっというのが凄いね。廊下橋や帯曲輪といった見どころもあって、期待以上に面白かったです。ただ、内堀が埋め立てられていて、中心部がアスファルト広場になっているのが残念。天守再建よりここらへんを整備して欲しいな。